
しーちゃんのプロ転向が正式に決まった!
フィギュア界の礎とならんことを・・・・
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トリノ五輪女子フィギュアの金メダリスト、荒川静香(24=プリンスホテル)が7日、正式にプロ転向を表明した。横浜市内のホテルで会見した荒川は「選手として2010年のバンクーバー五輪を目指すことはありません。本日をもってアマチュアの競技生活から引退します」と宣言。今後は、日本国内はもちろん、米国やカナダなど本場のアイスショーに参加しながら、コメンテーターやテレビ解説などリンク外の活動にも力を入れていく。
200人を超す大報道陣の前に現れた荒川は、たまっていたものを一気に吐き出すように「来年の世界選手権も2010年のバンクーバー五輪も、選手として目指すことはありません。よって本日をもってアマチュアの競技生活から引退します」と言い切った。
02年ソルトレークシティー五輪の代表から漏れた後、荒川は極限まで自分自身を追い込むことでレベルアップを図ってきた。その集大成として引退する決意を固めて臨んだ04年の世界選手権で見事に優勝。逆に周囲の慰留を受けて現役を続けた。しかし、翌05年の世界選手権で9位と惨敗。「もやもやした気持ちで辞めることはできない」と五輪を目標に再び厳しい練習を続けてきた。
トリノで金メダルを獲得し、世界選手権、五輪とアマ最高峰の2大会を制した今、アマチュア選手として競技を続けていく理由はもうなく「満足のいく演技ができたし、悔いはありません。晴れ晴れとした気持ちで、胸を張ってプロスケーターとしてリンクに立ちたい」とこの日のプロ宣言となった。
国内ではこれまで通り所属先のプリンスホテルのアイスショーが活動の中心になるが「世界中の人に演技を見ていただきたいし、話があればどこへでも行きます」と、米国やカナダで世界一の人気を誇るショー「チャンピオンズ・オン・アイス」への出演などもほのめかした。
98年長野五輪で15歳8カ月の冬季五輪史上最年少優勝を飾ったタラ・リピンスキーは出演料やスポンサーの契約料などで1年間に13億円を稼いだと言われる。もちろん、日本を本拠地とする荒川にこの数字は当てはまらないが、それでも巨額の富が手に入ることは間違いない。だが、荒川は「お金のためにプロになるのではありません」と即座に金に関する質問をさえぎり「これからの選手たちに夢と希望を与えたい」と笑顔を見せた。
さらに今後は「コメンテーターや解説者などとして人前で(きちんと)話せるようにしたい」とスケート以外の活動にも意欲を示した。8日には早くも自ら主催するチャリティーアイスショー「フレンズオンアイス」が行われる。天才少女のサクセスストーリーは舞台をプロに変え、まだまだ続いていく。
≪荒川に聞く≫
――プロ転向を決めたきっかけは?
「オリンピックの結果と、その演技でほとんど(アマ引退が)決まっていたんですけど、帰国後は自分の気持ちと向かい合う時間がなくて。自分で立ち上げた「フレンズオンアイス」がありますが、プロとして初めてのショーはノーギャラで頑張ります」
――プロとしての目標は?
「スケートは1日でも長く続けたいし、見たいというお客さんが1人でもいる限り続けたい。これからの選手たちの夢となるスケーターであり続けたい」
――活動拠点は?
「日本ではこの新横浜。所属はプリンスホテルのままです。米国では、まだプロとして足りないものがあるのでニコライ(モロゾフ氏)に指導してもらいたい」
――プロ宣言した気分は?
「小学校1年生で入学してわくわくした気分」
――結婚は?
「忙しくなってしまったので婚期が遅れるのではないかと(笑い)。興味がないわけではなく、私を引き受けてくれる人がいれば…。でも、今はできることを優先したい。当分はいい報告ができそうにありません」
――アマ復帰は?
「未練があれば(復帰は)あるかもしれませんが、悔いなく引退できることを幸せに思っているのでありません」

